第1回:基本英文700選の覚え方

基本英文700選を覚える

この記事では、伊藤和夫先生がどんな思いで700選の英文を選んだのかを、私なりに想像しながら書いています。史実として確認できていない部分も多く含まれる、基本英文700選を覚えるための読み物としてお楽しみください。

基本英文700選は、名著だと思います。

僕は、現在64歳です。昭和37年生まれです。その前後の人であれば、英語をマスターしたいと思った時に手を出した参考書の一冊が、この基本英文700選だっただろうと思います。

この参考書にチャレンジして、きちんと暗記できた方もいて、英語の力もつき、志望大学に合格された方もたくさんいると思います。

でも、僕の場合、手を出して覚えようと思っても、なかなか覚えられませんでした。基本英文700選の表紙をめくると、「本書の使用法」が目に入り、そこにこう書かれています。

「英文700を厳選し、学びやすく覚えやすいように整理し配列したものである」

英文の構造に従って整理し配列されているので、学びやすいとは思いますが「覚えやすいか?」と言われると、僕の場合ですけど、一旦覚えたかなと思っても、なかなか記憶として定着しなかったというのが本音で、どうしてかな?と考えました。

基本英文700選の日本語と英文を読んでいると、伊藤先生にとっては、感情が揺れ動く、思い入れのある日本語と英文なんだろうと思います。

例文の一つ一つに伊藤先生の想いが詰め込まれている。でも、その想いは、読者の一人である僕には、想像できなかったので、一旦覚えたと思っても、記憶として定着しなかったのだろうと考えています。

じゃあ、どうすれば記憶として定着するかというと、伊藤先生の想いを想像し、伊藤先生と同じような気持ちを持ちながら、基本英文700選に向かえば、自分の感情が動いて、700の英文が覚えられるようになるんじゃないかなと思いついたわけです。

ちなみに伊藤先生は、長野県のご出身だそうです。東京大学では哲学を学ばれ、その後、横浜の英語塾を経て駿台予備学校の講師になられた先生です。面白いことに、先生ご自身が、旧制高校を受験した年は、たまたま入試科目から英語が外された例外的な年だったそうです。受験英語の神様と呼ばれることになる人が、自分の受験では英語を試されなかった――そんな巡り合わせも、どこかこの本を読み解くヒントになる気がします。

『基本英文700選』に対しては「不自然な英語だ」「実際には使われない表現が多い」という批判が昔から存在します。それは、決して的外れな指摘ではないと思います。実際、ネイティブがまず使わないような文語調の構文も数多く収録されています。

なぜでしょうか?

その謎を解くカギが、次の英文だろうと思います。

14. 英作文を上達するには英語で日記をつけるに限る。
The best way to master English composition is to keep a diary in English.

もちろん、これは僕の想像なんですけれども、伊藤先生は、英語をマスターしたくて、先ほどの英文のように英作文を毎日行なって、日記として記録していたんじゃないかなと想像しています。そして、英語で日記を書く際に、ご自身で新しく学んだ文法事項、あるいは構文の構造などを取り入れて、自分自身のことを、あるいは自分の身の回りで起こったことを、学んだ構文で表現したのではないかなと思います。その結果、不自然な英語だ、実際には使われない表現が多いというような批判が出てくる結果になったのではないかなと想像しています。

基本英文700選の英文というのは、僕の想像ですけれども、伊藤先生が残された日記の中から、日本人(特に高校生)が学ぶべき英文としてピックアップされた英文700個が載っている本ではないかと想像しています。

毎日、英語で日記をつけていると、伊藤先生でも、日本語では当たり前に言えるのに、英語ではどう表現すればいいのか戸惑う瞬間が、次々と訪れたと思います。

その都度、伊藤先生は、表現したい日本語の一文を厳密に見つめ直し、論理的に考え、逐語的に英訳していったのではないでしょうか。基本英文700選に文語調の英文が多いのは、日常会話をそのまま書き留めたのではなく、日記という一人の作業の中で、論理的に組み立て直された英文だったために、結果として「不自然な英語だ」「実際には使われない表現が多い」との批判が生まれてしまったのではないでしょうか?

例えば、446番の文章です。

446. 先日失くしたとおっしゃっていた傘は、見つかりましたか。
Have you found the umbrella which you said you had lost the other day?

実際の会話であれば、そのような日本語や英文を口にする人は少ないと思います。場合によっては「なくした傘見つかった?」あるいは「Did you find your umbrella?」でも十分通じると思いますが、論理的思考の持ち主の伊藤先生は、日本語の意味関係を厳密に分解し、まずは、自分自身が英語の時制の感覚を意識するために、この英文を組み立てたのだろうと思います。

次の1文も実際の会話では、あまり口にしないセリフだと思います。

447. 君の欲しいもので君が持っていないものがありますか。
Is there anything you want which you don’t have?

普通なら「何か欲しいものはありますか?」だと思いますが、論理的思考の伊藤先生は「君の欲しいもので君が持っていないものがありますか。」と考えた上で、ご自分の英文日記帳に「Is there anything you want which you don’t have?」と記されたのではないでしょうか?

基本英文700選が、伊藤先生の日記の中から選ばれた英文だと考えると、次のような英文は、伊藤先生が、教え子の結婚式に招待されたときに体験されたことを表現しているのではないでしょうか?

421. 花嫁は満座の注目を浴びながら、目を伏せながら、その部屋に入ってきた。
The bride came into the room with lowered eyes and with everyone staring at her.

会場の視線が花嫁に集まる中、伊藤先生は、一瞬、その美しさに心を奪われます。でもすぐに「伏せられた目」と「注がれる視線」という対比を、英語の語順でどう表現するかに意識が移っていったのではないでしょうか?常に英語のことが頭から離れなかった伊藤先生の姿が想像できます。

伊藤先生は、理論派であったと思いますが、実践主義の先生でもあったと思います。

360. 外国語を習得するには、それが使われている国へ行くのが一番良い。
In order to master a foreign language, you had best go to the country where it is spoken.

514. どんなに勉強しても、1年や2年で外国語をものにすることはできない。
However hard one may work, one cannot master a foreign language in a year or two.

現地に行くことが一番良い。しかしそれが叶わない人は多い。だからこそ、英語で日記を書き続けるという次善の道を、伊藤先生が選び、実践していたのではないでしょうか。

英文日記を書き続けるうちに、伊藤先生は自伝を書くことを構想したのかもしれません。しかしそれは、次のような理由で途中に終わったのではないかと想像します。

619. 伝記を書くことが難しいのは、それが半ば記録であり、半ば芸術であるからだ。
The difficulty with biography is that it is partly record and partly art.

自伝は未完に終わったかもしれませんが、日々の英文を積み重ねる作業そのものは、途中で投げ出されませんでした。

時代は変わります。

484. 科学が進歩するにつれ、古い習慣は新しいものに取って代られる。
As science makes progress, old ways give place to new.

それでも、変わらない価値があると伊藤先生は信じていたはずです。

551. 手当り次第にたくさんの本を読むよりも、少ない数の本を注意深く読む方がよい。
It is better to read a few books carefully than to read many at random.

量をこなすことではなく、少数の文章を、覚えるまで丁寧に読み込むこと。基本英文700選という700文の選び抜かれた英文集は、この信念そのものの結晶だったのだと思います。

そして最後に、伊藤先生にはこんな自信もあったのではないでしょうか。

106. 1年以内に君たちみんなを流暢な英語を話しているようにしてあげよう。
I’ll have you all speaking fluent English within a year.

話す力だけでなく、書く力についても、同じ確信を持っていたはずです。

I’ll have you all writing fluent English within a year.

基本英文700選は、その確信のもとに書き上げられた一冊だったのだと、僕は想像しています。

次回は、この基本英文700選をどうやって「伊藤先生のエピソード」として覚えていくか、その具体的な方法についてお話しします。


P.S. 日本語から英語を思い出しましょう

今回出てきた英文を、日本語から思い出せるでしょうか?
日本語を見て、英文を思い出してみてください。

  1. 英作文を上達するには英語で日記をつけるに限る。
  2. 先日失くしたとおっしゃっていた傘は、見つかりましたか。
  3. 君の欲しいもので君が持っていないものがありますか。
  4. 花嫁は満座の注目を浴びながら、目を伏せながら、その部屋に入ってきた。
  5. 外国語を習得するには、それが使われている国へ行くのが一番良い。
  6. どんなに勉強しても、1年や2年で外国語をものにすることはできない。
  7. 伝記を書くことが難しいのは、それが半ば記録であり、半ば芸術であるからだ。
  8. 科学が進歩するにつれ、古い習慣は新しいものに取って代られる。
  9. 手当り次第にたくさんの本を読むよりも、少ない数の本を注意深く読む方がよい。
  10. 1年以内に君たちみんなを流暢な英語を話しているようにしてあげよう。

日本語文と英文は、「新・基本英文700選」を参照しました。

思い出せなかった英文は、本文に戻って確認してみてください。

もし、お手元になければ、ぜひ「新・基本英文700選」を手に入れてください。そして、伊藤先生の想いを想像されながら、700の英文を読むと、記憶に残りやすくなると思います。

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