【沖縄の謎】なぜお墓には「2つの名字」が刻まれているのか?

ウチナーンチュが紹介する沖縄

ハイサイ! 今日は、沖縄の観光スポットではなく、もっとディープな「ウチナーンチュ(沖縄の人)のルーツ」についてお話ししたいと思います。

突然ですが、皆さんは沖縄のお墓をじっくり見たことはありますか?家の形をした大きなお墓(破風墓・亀甲墓)が有名ですが、実は「〇〇家之墓」その「文字」に、沖縄の複雑で面白い歴史が隠されているんです。

これを見てください。僕の実家のお墓の写真です。

真ん中に大きく「石川家之墓」とあります。これが僕の名字です。でも、右上の隅を見てください。 小さく「馮氏(ひょうし)」と刻まれているのが見えるでしょうか?

「えっ、石川さんじゃないの? 馮(ひょう)さんって誰?」 そう思うのが普通です。

実は「沖縄の士族(サムレー)には名字が2つあった」という歴史的な証拠なんです。

琉球王国時代の「ダブルネーム」システム

かつて琉球王国だった時代、士族たちは2種類の名前を持っていましたそうです。

  1. 大和名(やまとなー):日本風の名前
  2. 唐名(からなー):中国風の名前

僕の先祖の場合、 「石川」が大和名で、「馮(ひょう)」が唐名になります。

① 大和名(石川)=「住所」のようなもの

「石川」という名前は、当時ご先祖様が治めていた領地や、住んでいた地域の名前(家名)です。 薩摩藩(日本)との付き合いや、普段の生活ではこの名前を使っていました。明治時代になり、戸籍を作る際にこの「家名」がそのまま今の「名字」になったケースが多いようです。

② 唐名(馮)=「血のつながり」の証明

一方、「馮(ひょう)」というのは、「門中(ムンチュウ)」と呼ばれる男系血族グループの名前(氏)です。 「私は、由緒ある『馮氏』グループの一員ですよ」という、血筋を表すIDのようなものです。 琉球王国は中国とも深い外交関係があったため、公式な歴史書や外交の場においては、この中国風の「一字姓」を名乗るのがステータスだったようです。

決定的な証拠!実家に眠っていた「家譜」

「でも、それって昔話でしょ?」 そう思うかもしれません。しかし、僕の手元には、その決定的な証拠が今も残されています。

それがこちら。先祖代々受け継がれてきた「家譜(かふ)」です。

表紙にはっきりとこう書かれています。

「馮姓家譜 支流」 「馮氏 石川」

「馮(ひょう)という一族の血を引き、分家(支流)した、石川家の記録」という意味です。

お墓に刻まれた「石川」と「馮」という2つの文字は「今の家(石川)」と「血統(馮)」の両方を表現しています。

あなたも「ディープな沖縄」を探してみませんか?

沖縄を旅行中、もし道端で大きなお墓を見かけたら、失礼のない範囲で墓石の文字を見てみてください。 もしかしたら、右上に小さく「〇氏」という、もうひとつの名字(唐名)が刻まれているかもしれません。

「尚氏」「毛氏」「翁氏」……。 その一文字一文字に、琉球王国時代の物語が詰まっています。

リゾートホテルでくつろぐのも最高ですが、こんな風に歴史の痕跡を探すのも、楽しめるかもしれません。

P.S. 沖縄への旅行をお考えなら、オススメの旅行会社があります。僕の実家近くの老舗の旅行会社「沖縄ツーリスト」さんです。どうぞよろしくお願いします。

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