ハイサイ! 前回の記事で、「今年の沖縄の旧正月は2月17日ですよ」というお話をしました。
そこでふと、疑問に思いませんでしたか? 「なぜ明治時代に日本中が『新暦(太陽暦)』になったのに、沖縄は『旧暦(太陰暦)』を使い続けているのだろう?」と。
実はここには、本土(ヤマト)と沖縄(ウチナー)の、ご先祖様に対する感覚の「決定的な違い」が隠されているんです。
今日は、沖縄の精神文化の核心に迫るお話をしましょう。
明治の改暦:本土は「効率」を選び、沖縄は「感覚」を残した
明治5年、日本政府は「今日から旧暦をやめて、西洋と同じ太陽暦(新暦)にします!」と宣言しました。
本土の人々は、これに合わせました。なぜなら、太陽暦の方が季節のズレが少なく、ビジネスや農業、行政の効率が良かったからです。お盆も「8月15日」と日付で固定したほうが、会社も休みやすく、現代社会には都合が良いですよね。
しかし、沖縄は従いませんでした。 いえ、正確には「従いたくても、従えなかった」のです。
なぜなら、沖縄の人にとって暦とは、人間社会が決めた日付ではなく、「海や空、そしてご先祖様と共鳴するためのリズム」だったからです。
「ニライカナイ」から寄せては返すリズム
なぜ、沖縄の行事はすべて「月(太陰暦)」で決まるのでしょうか?
それは、沖縄の古来からの死生観である「ニライカナイ」と深く関係しています。
沖縄では昔から、海の遥か彼方に「ニライカナイ」という理想郷があるとされてきました。そこは、全ての命が生まれてくる場所であり、死後に魂が還っていくとされている場所です。
では、海の遥か彼方の世界と、僕たちが住むこの島を繋いでいるものは何でしょうか?
それが「潮(海)」になります。
- 月が満ち、潮が満ちるとき、ニライカナイから豊かな恵みやご先祖様の魂が運ばれてくる。
- 潮が引くとき、魂はまた海へと還っていく。
僕たちウチナーンチュにとって、ご先祖様は「カレンダーの日付」に合わせて帰ってくるのではありません。この「月と潮が作る大きなリズム」の中に、確かに存在していると肌で感じているのです。
月と潮とは無関係の太陽暦(新暦)のカレンダーに従って「今日がお盆だ」と言われても、どこかで違和感を感じ、「今日は潮が動いていない(月が出ていない)のに、どうやってご先祖様は帰ってくるのかなあ?」とどこかで思っているところがあります。
2つの時計を持つ島
以前、私の実家のお墓には「石川(今の名字)」と「馮(門中の名)」の2つの名前があるとお話ししました。
それと同じように、私たちウチナーンチュは「2つの時計」を持って生きています。
- 太陽の時計(新暦): 学校や仕事、飛行機の予約など、現代社会を生きるための時間
- 月の時計(旧暦): ニライカナイを感じ、ご先祖様の存在を感じる体感的時間
本土の方が「効率」のために太陽を選んだのに対し、沖縄は「体感」のために月を残しました。 どちらが良い悪いではありません。 ただ、沖縄には「月と共に生きる」という、太古からの優しいリズムが今も残っている。それだけのことです。
月のリズムを感じる旅へ
普段、分刻みのスケジュール(太陽の時間)に追われて疲れていませんか?
そんな時は、ぜひ沖縄に来て、夜の海で月を見上げてみてください。 「あぁ、今日は満月か。今、海が満ちて、理想郷と言われるニライカナイと繋がっているかもしれないなぁ」
そう感じるだけで、感覚的な沖縄の人(うちなわーんちゅ)の気持ちに近づき、沖縄に来た甲斐があったと思うかもしれません。
そんな沖縄旅行をお考えなら、オススメの旅行会社があります。僕の実家近くの老舗の旅行会社「沖縄ツーリスト」さんです。どうぞよろしくお願いします。


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