ダチョウ倶楽部のリーダー、肥後さんは僕の同級生でした

ウチナーンチュが紹介する沖縄

ハイサイ! 前回は、復帰前の沖縄の「ドル時代」についてお話ししましたが、今回は僕の「忘れられない同級生」についてお話ししたいと思います。

皆さんは、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」をご存じですよね。 「ヤー!」「聞いてないよォ~」でおなじみ、あの国民的グループのリーダー、肥後克広(ひご かつひろ)さんです。

実は彼は、僕の小学校時代のクラスメートなんです。今日は、テレビでは語られない、少年時代の肥後さんの素顔を少しだけご紹介します。

塩せんべいとチョコペーストの思い出

僕たちは、那覇市にある久茂地(くもじ)小学校に通っていました。

当時の肥後さんの印象をひと言で言うなら、「いつもニコニコしている優しい人気者」になりますね。今のテレビでの姿そのままです。誰に対しても分け隔てなく接する彼は、クラスのみんなから好かれていました。そして、絵がすごく上手だった印象も残っています。

僕たちの小学校の隣には、沖縄でおなじみの駄菓子屋「いっせんまちやー」がありました。 お小遣いが入ると、一緒にそこへ行き、おやつを買っていました。

当時の定番といえば、丸い「塩せんべい」です。 ただ食べるだけじゃありません。甘い「チョコレートペースト」を買って、塩せんべいにつけて食べるのが好きでした。塩気と甘さがマッチして、本当に美味しくて、大好物でした。食べ終わったあとは、どうしてもチョコが少し口の周りにつくので、「そこにチョコついているよ~」と笑いながら食べていた思い出があります。

先生も絶賛した「司会(MC)」の才能

肥後さんが今のリーダーとしての片鱗を見せていた出来事があります。あれは小学校3年生の時でした。

クラス会が開かれ、肥後さんが司会進行役、そして僕がその後ろの席で書記を担当しました。小学生の話し合いですから、意見がまとまらなかったり、脱線したりすることもあります。でも、肥後さんはニコニコしながらも見事にクラスをまとめ上げました。

その様子を見ていた担任の先生が、感心してこう言ったのを覚えています。

「肥後くん、すごく良いまとめ方だ。上手な司会だね!」

今思えば、あの頃から彼には、個性豊かなメンバーをまとめるリーダーとしての才能が備わっていたのかもしれません。

綺麗なお姉さんと、突然の別れ

肥後さんの家は、パラダイス通り沿いにありました。家も近かったので、よく遊びに行きました。そこで忘れられないのが、彼のお姉さんです。 いつも優しく対応してくれて、子供心にも「可愛いお姉さんがいる」との印象が残っています。

しかし、突然、肥後さんと会えなくなりました。肥後さんが転校してしまったのです。 それ以来、連絡を取る手段もなく、お互いに別の道を歩むことになりました。

30年越しの再会。「え!あの肥後?」

それから約30年。大人になった私の記憶から、彼のことは薄れていました。

ある土曜日の夜のことです。 家でウッチャンナンチャンの番組をぼんやりと見ていました。 すると、画面に「ダチョウ倶楽部」が登場しました。もちろん、それまでにも「ダチョウ倶楽部」は、テレビで何度も見ていて、知っていましたが、メンバーの名前までは知りませんでした。見ていたテレビ画面にテロップが出ました。

【沖縄県出身:肥後克広】

「沖縄県? 肥後克広……?」 どこかで聞いたことのある名前です。 私はテレビの前で、何度もその名前を口に出して繰り返しました。

「肥後克広……ひごかつひろ……」

その瞬間、記憶が蘇りました。 「えっ! あの久茂地小学校で一緒だった、肥後!?」

駄菓子屋のいっせんまちやーでチョコ塩せんべいを一緒に食べていた少年が、まさかテレビの中の有名人になっているなんて、その時まで全く気づきませんでした。わかったとき、本当にビックリしました。

「覚えてるよ~!」変わらない笑顔

その後、ダチョウ倶楽部が、当時住んでいた家近くのホテルのディナーショーに出演すると聞きつけました。 私は居ても立っても居られず、花束を持って会場へ向かいました。

「30年も経っているし、覚えていないかもしれないな……」 そんな不安を抱えながら、マネージャーらしき人に、肥後さんに会って花束を渡したい旨を伝えると、ステージに出る前にもかかわらず、僕のところに来てくれました。

僕は自分の名前を名乗りました。

すると彼は、私の名前を聞いた瞬間、一瞬考えていたようでしたが、パッとあの頃の笑顔になってくれました。

「もちろん、覚えてるよ~!」

超売れっ子になっても、彼は小学校の時の「ニコニコした優しい肥後さん」のままでした。 その温かさに、胸が熱くなりました。

沖縄の心「なんくるないさ」を体現する人

その後は彼も多忙を極め、なかなか会う機会はありません。 でも、画面越しに見る彼の笑顔は、いつも僕たちに「どうにかなるさ(なんくるないさ)」という沖縄の風を届けてくれているように感じています。

同じ沖縄で育ち、同じ塩せんべいを食べた同級生として、 これからも彼がドンドン活躍してくれることを心から願っています。

そしていつかまた、ゆっくり会って「あのとき食べたチョコ塩せんべいは美味しかったね」なんて話ができる日を楽しみにしています。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 沖縄生まれの僕が案内する沖縄の話、次回もどうぞお楽しみにしてください。

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